首都とした中世ローマ帝国の通称。
東ローマ帝国ともよばれる。
ローマ帝国の東方領は、西のローマを中心とする西方領が滅びたあとも、ローマの政治体制、キリスト教、古代ギリシア文化の3本の柱を中心に1453年まで生き続けた。
この世界史上きわめてまれな長期の帝国は、コンスタンティノープルの前身がギリシア植民市ビザンティオンであったところから、ビザンティン帝国と通例よばれることが多い。
ギリシア語を公用語とし、ギリシア正教を国教とするこの帝国は、全中世を通じてギリシア正教圏の盟主として君臨した。
ことに、のちに新たに誕生してくるスラブ系諸国にとっては、帝国の政治、宗教、社会、文化および経済はそのすべての面において模範とされ、コンスタンティノープルはまさに「東のローマ」であった。
文化的には古典ギリシアの文芸をもっともよく保存・育成・発展させ、これを西欧諸国およびイスラム圏に伝えた。